【鰻の成瀬】「飲食に興味ない飲食経営者」天下を取る(前編)
公開日:2025.01.06
最終更新日:2025.01.06
※以下はビジネスチャンス2025年2月号から抜粋した記事で、内容は取材時の情報です。
従来の高価格・固定客の死角突く 中価格・変動客の取り込みに商機
人見知りで、FC募集の広告も一切出さない。さらには社長自ら「飲食業に興味がない」と公言する。そんな人物率いる飲食FCが、わずか2年2カ月で300店舗出店を達成した。型破りでどこか掴みどころがない鰻屋の社長、山本昌弘の半生を“捌く”。
Profile やまもと・まさひろ
滋賀県生まれ。高校卒業後、イタリアに留学。帰国後、大手英会話スクールを経て、大手フランチャイズ本部に勤務。常に上位の営業成績を残す。前職での実績を糧に2020年に独立し、現在に至る。
Chapter.01 怒涛の出店ラッシュ
「2.63日に1店舗」。文字通り三日にあげず出店を続け、今年11月9日に300店舗目の出店を達成した鰻の成瀬︒業績も好調で、直近8月期はチェーン売上67億円・本部売上16億円を記録し、同社にとって2024年はまさにブレイクを迎えた1年となった。テレビや新聞、雑誌やラジオ、SNSなど、その様子は毎日のようにメディアに取り上げられ、〝時代の寵児〞と化した。
新店オープンは300が区切りオーナー間の店舗譲渡に注力
「昨日は日経トレンディのヒット商品ベスト30の表彰パーティーに参加し、今日もこの後、西武ライオンズさんの催しに呼ばれて行く予定です。明日は地元滋賀のびわ湖放送で、成瀬の分特集が放映されます」
取材の席に着くなり、自らの近況を話す山本氏。さながら売れっ子芸能人のようなスケジュールだが、単なるメディア好きの浮かれた社長というわけではない。
「成瀬はメディアに取り上げていただいたことがきっかけで、ここまで有名になれた。ただ今後はそう簡単にはいかない。メディアに飽きられ始めているという実感もある」
300店を達成した今、勢いそのまま店舗拡大を目指していくのかと思いきや、山本氏は冷静だ。現在、山本氏が考える国内出店の目安は400店舗。これは鰻重自体のマーケットという意味と、本部として管理できるという両方の意味から弾き出されている。
「これだけの勢いで走ってくると、本部機能や加盟店間での歪みや弊害が出てくる。だから今は1回立ち止まって、現状の成瀬というものをしっかり分析する必要がある。そうしないと本当に一過性のもので終わってしまう」
では、なぜこれまで出店を急いだのだろうか。その理由は、「2番手に追随させようと思わせないほどのインパクトを与える」といったイメージ戦略にあり、その区切りが300店舗だったという。その証左として、現在成瀬では加盟希望の話自体は受け付けるが、新店でのオープンは極力行わないようにしている。
飲食業界では過去にも「東京チカラめし」や「いきなり!ステーキ」など、FC展開で急拡大した結果、立ち行かなくなったケースもある。だがそうした指摘にも、山本氏は至って冷静だ。
「こうした企業さんたちとうちの大きな違いは、出店する立地。前述のブランドはいい場所に出店していったため、売上が下がった時のダメージが大きかった。でも成瀬が出店する立地は3等立地で、損益構造内での家賃負担も5%程度。売上が下がった際のダメージが低いわけです。またオペレーションも冷凍の鰻を使っているので、食材の廃棄ロスもない。そもそも、夏の売上が良ければなんとかなってしまう。潰すまでの業態ではないのです」
事実、同チェーンには現在約300のFC店が存在するが、これまでの撤退店舗は1店舗。この1店舗もオーナー自身の都合による撤退だったため、実質的にはゼロとも言える。
しかし、今後は撤退がないとは限らない。山本氏がメスを入れたいと話す歪みは、この点だ。そしてそのために考えているのが、加盟店間でのオーナーチェンジの促進である。多くのオーナーが店舗経営に慣れ始めたこのタイミングは、オーナー内でも経営の得手不得手が明確になり始める時期でもある。薄利で継続するのであれば売却したいというオーナーと、より積極的に利益を上げていきたいというオーナーが混在する。この両者の橋渡しをしていきたいという。
Chapter.02 FCパッケージ
鰻の成瀬が短期間に大量出店できた理由の1つに、加盟しやすいFCパッケージにした点がある。業態にもよるが、一般的に飲食店を開業するとなると3000万円クラスの初期投資が発生してくる。しかし成瀬の場合は、1000万円弱で開業可能。また商品メニューも極力シンプルにし、煩雑な調理も必要としないため、飲食未経験者でも参入が可能となった。
「出店しやすく潰れにくい」損益の判断期間は通年単位
「初期投資をいかに早く回収させるかが、FCの勝ち負けを決める」
フランチャイズビジネスの中でも、特に本部経営者のこだわりが強く反映される業種が飲食である。これは本部の経営者自身が元々飲食畑で長らく経験を積んだ人、またこだわりの逸品を持つ職人がFC展開を始めるケースが多い事にある。その結果、提供されるFCパッケージも極限まで高品質のものを提供したいと思い、出店にかかる費用も高額となり、投資回収も長期化する。しかし、山本氏にその発想はない。むしろ可能な限り早く投資回収をしてもらうことを重視している。
「究極を言うと、成瀬自体が美味しい鰻を出そうというお店ではない。ある程度の品質で満足いただくという〝諦めの業態〞。そんなお店に何でそんなお金をかける必要があるの?という考えです」
そもそも山本氏が鰻に着目し、参入を決めた理由もここにある。鰻重店をFC展開する知人経営者に誘われ鰻に興味を持った山本氏だが、業界を調べてみると参入のチャンスがあった。従来の鰻店は1食で5000円ほどの価格でありながら、ほぼ固定客のみで成立している。しかも圧倒的に大きなチェーンはなく、ほとんどが個店で経営されていた。
そこで2000〜3000円の価格帯で変動客も取り込み、チェーン化するという発想が芽生える。つまり、「究極に美味しいものを提供するより、程良い鰻を多くの人に食べてもらう」という考えだ。そのためには店舗も増やすことが重要であり、それがFC化に繋がっている。
成瀬を開業する際に本部が受領する金額は、加盟金150万円、保証金50万円、研修費40万円、開業サポート費50万円、初期セット60万円の350万円のみ。それ以外で発生するものとして物件取得費や内装工事費、厨房機器代があるが、これらを含めても1000万円あればお釣りがくる計算だ。
「鰻屋というのは、飲食業の中でも立地条件が関係しない珍しい業態。ですから当社の直営店も住宅地の3等立地に出店した」
損益構造としては、F(食材原価)が40〜45%、L(人件費)が25%、R(家賃)が5%となっており、一般的な飲食のF(30%)、L(30%)、R(10%)の基準に当てはめると食材原価の高騰分を人件費と家賃で吸収している形だ。
「最近は商品数を9品まで増やしましたが、それまでの商品メニューは「松」「竹」「梅」のメニューのみで、アルコールは今でも瓶ビールと冷酒のみの提供です。また調理も蒸して焼く専用機器で冷凍鰻を調理するだけなので、従来のような捌きが要らない。分かかる調理が5分で済むのでオペレーションの部分でかなり労力を簡略化でき、人件費も抑えることができる」
同店の損益分岐は220〜230万円であり、加盟店の多くが月商200〜400万円のゾーンだ。土用の丑の日には1日で200万円を売り上げるという〝規格外〞もあるが、「通年でプラスになればいいという考え」(山本氏)で運営している。
Chapter.03 FCとの出会い
敏腕外食経営者として紹介されることの多い山本氏だが、根底にある思想は「FCチェーン経営者」に近い。また一見奇抜な発想も、元来持つ天邪鬼的な性格だけではなく、チェーンパッケージとして外食を仕組化しようという意図もある。では、その思想はどこで培われたのだろうか。
天邪鬼で生意気な青年 モーレツ職場で修行積む
滋賀県高島市。のどかな自然が広がるこの地域で、山本氏は生まれた。実家はいわゆる教員一家で、祖父や叔父・叔母、両親が全員教師という環境で育った。そんな山本氏の転機となったのが、高校卒業後に語学留学のために渡ったイタリアでの生活だった。「英語が話せても意味がない」という理由で渡ったイタリアでは、当時まだ日本人留学生の数は多くなく、結果的に自分よりも年上の人たちと付き合うことが多かった。
「当時イタリアに来ていた方は、料理人やオペラ歌手、建築家を目指すといった自分の腕で生きていく人たちだった。そんな姿を見て、『自分もいつかは』という気持ちが芽生えた」
しかし帰国後は、一旦サラリーマンとして英会話教室を運営するECCに勤める。そしてそこで出会ったのが、FCの存在だ。
「ECCに勤めて気付いたのが、同社の収益柱は幼児教育のECCジュニアであり、このブランドはFCという形態を取っている。FCというモデルに興味が湧いたのです」
多少生意気なところがあったのかもしれない。でも仕事はできた。中部エリアで3度営業トップを収めるが、周囲からはその結果よりも本意でないことばかりを指摘されるようになり、次第に疲弊していく。ただ最も大きかったのは、営業マンとしての危機感だった。
「若いのにマネジメントをしなければならない立場になり、いち営業マンとしての能力はこれ以上上がらないのでは、という危機感があった。もう1回プレイヤーとしてやってみたかった」
そんな山本氏にとって、十分すぎるほどのフィールドとなったのが、その後10年間勤めることになる長谷川興産(現:HITOWAライフパートナー)であった。「おそうじ本舗」のFC本部として活動する同社で、スーパーバイザーや加盟開発業務に携わり、店舗数500店舗から1700店舗に成長するフェーズを目の当たりにしていく。だが、相変わらず生意気なところは変わらなかった。中途で入社した上司に対しては、「僕より仕事ができるようになってから言ってもらっていいですか」と発言したり、「月間10件契約取ったら会社こなくていいですか」といった具合だ。
「当時、加盟開発の担当は毎日朝8時に出社して9時までの1時間、おそうじ本舗の加盟募集の資料をもとにロープレをするというお達しがあった。でも僕は拒否していました(笑)。毎日やっているんだから覚えてるでしょ?(笑)という」
ただ本質を見抜く目は、ここでも衰えていなかった。山本氏が同社で得たノウハウは大きく3点ある。1点目が既存加盟店の収益向上と解約防止の施策である。
同社のFCはその業態上、「一人親方」で構成される。その中で多くのオーナーを見ていると、2つの声が挙がってくるという。
「売上が上がっているところは、『スタッフがいない』と言う。一方、売上が上がらないところは『仕事がない』と言う。それならこの両者をマッチングしてしまえばいい」
たとえば、売上の高い店舗が100万円の仕事を持っているが、1人では70万円分しか受けられない。それならば残りの30万円分の仕事を売上が少ない店舗に譲るといった形だ。結果、売上の少ない店舗は廃業せずに済む。通常のスーパーバイザーであれば双方に対して「もっとアルバイトを雇用しましょう」や「もっとチラシを撒きましょう」といったアドバイスが正解なのかもしれない。しかし山本氏は相互送客することで、互いに無駄な労力を使わず経営できる体制を独自に仕組化した。
結果、当時スーパーバイザー1人で40店を担当し、年間解約率50%と言われた同FCチェーンの中、山本氏は1人で110店舗を担当し、年間解約率も10%以内に収めることに成功した。
そして2点目が、ビジネスモデルのパッケージづくりだ。スーパーバイザーから加盟開発まで幅広く経験し、当時同FCが検討していた本部送客ビジネスモデルのパッケージづくりや契約書づくりを担当。この経験が、のちに自身が立ち上げるFCのパッケージづくり、契約書づくりに活かされたのは言うまでもない。
3点目が、加盟検討者に対する〝売り込まない〞接し方だ。
「これはECCの時もそうだったのですが、営業マンは皆こっちが売りたいプランの説明だったり、話したいことばかりを話し、その喋ることばかりを磨かせようとする。FCであれば自社の権威付けから始まり、代表の想い、市場の伸びしろ、その中での勝ち筋といった流れです。でもそれ聞きたいかな?という疑問。加盟検討者さんはそれを分かった上で資料請求をしてきているだろうと思いますし、説明会にも参加している。だからその説明は必要じゃなくて、逆にその人が知りたい情報をお話した方がプラス。『ちゃんと相手を知ろうとする』。営業に関してはこれだと思いますよ」
十分過ぎる経験を経た山本氏。この頃には、自身で起業することはもはや自然な流れとなっていた。
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