【鰻の成瀬】「飲食に興味ない飲食経営者」天下を取る(後編)

公開日:2025.01.06

最終更新日:2025.01.06

※以下はビジネスチャンス2025年2月号から抜粋した記事で、内容は取材時の情報です。

地元滋賀県高島市を活性化

Chapter.04 爆発前夜

 わずか2年2カ月前は横浜の住宅街でひっそりと営業していた鰻の成瀬を、ここまでメジャーにさせた立役者が「SNS」の存在だ。日々のこまめな情報発信、SNS ならではの不特定多数の人との忖度ない意見交換を積極的に行った結果、続々と成瀬ファンが生まれていった。

XとYouTubeを多用 積極的な情報開示がファン創出に

 「当初は完全にフランチャイジー側の目線で発信を始めました。フランチャイジーが売上公開を素直にする世の中になったら面白いですし、秘密主義のFC本部さんが生きづらい世の中になるからです」
 鰻の成瀬では、直営店がオープンした22年9月10日から1日も欠かさず、X上で当日の直営店舗の売上を公開している。山本氏が話す通り、FCチェーンがその日の売上を包み隠さず世の中に公開することは前代未聞であり、こうした取り組みが物珍しさを呼ぶ。
 「結局紆余曲折があるわけで、直営店もオープンして2カ月ぐらい苦しみました。ただそんな様子もXで発信していると、次第にファンが出てくるのです。『山本頑張れ!』みたいな。人って、順風満帆が好きじゃないんだなって思いました(笑)」
 結果、次第に売上が安定し始めるが思わぬ副産物も得られるようになる。FC加盟希望者の存在だ。FC1号店のオーナーが成瀬に加盟をしたのは、直営オープンの翌月。そしてFC店オーナーもXで売上公開を始めるとあっという間に10人ほどのオーナーが集まり、15店舗まで出店が決定することに。鰻業態の閑散期である冬場を乗り越え、成瀬は着実に売上・店舗数を増やし始める。
 そして23年の夏。初めての土用の丑の日を迎えた8月には、テレビ番組でも多数取り上げられ、チェーン18店舗で1億900万円の売上を記録。山本氏も確かな手応えを感じる結果となったが、まだ山本氏は確たる勝算が持てなかったという。
 「鰻業界はお盆明けに沈むと言われていますが、9月も業績が良かった。10月もいけるかなと思いましたが、中旬に気候が涼しくなるとやはり売上が落ち着き出した。この時、やっぱり一旦は止まるんだなと思った」
 当時は40店舗ほどのチェーンまで成長していたが、決して店舗売上自体も悪い訳ではなく、加盟店数も順調に増えている。しかし40店舗クラスになると、本部としては逆に不安定な状態でもあった。なぜなら、「いい方にも行くし、悪い方にも行く」サイズ感だからだ。また同社の場合、加盟募集の広告は一切打たない。そのため、先々チェーンとして拡大していけるかが読みづらい部分もあった。そんな中、山本氏に神風が吹く。著名外食専門コンサルタントの永田ラッパ氏が運営するYouTubeチャンネルで成瀬が取り上げられたのだ。
 「当時は成瀬の出店も止まるだろうと思っていた。でもそんな時に、永田ラッパさんのチャンネルに取り上げられ、視聴者から資料請求が来た。その時、『僕は、これはもう勝てと言われている』と思った」
 また神風はこれで止まなかった。ちょうど同時期、世の中で一冊の書籍が大ブレイクする。宮島未奈氏の「成瀬は天下を取りに行く」だ。24年の本屋大賞を受賞した同作品の著者である宮島氏と山本氏は、同じ滋賀県出身で、同学年。「こんな偶然が重なることはない。勝てと言う、神のお告げと同じ感覚(笑)」だったという。
 こうした偶然が、結果的にどれだけその後の成瀬の飛躍に繋がったのかは不明だ。しかし、今後のチェーンの在り方を模索していた山本氏にとっては、腹が決まった瞬間でもあった。

今年3月に100店舗出店を達成。この後、さらに出店にドライブをかける

Chapter.05 地方創生

 瞬く間に世界一の鰻屋チェーンを作り上げた山本氏だが、その活動はいちFC本部の経営者の枠に収まらない。以前よりフランチャイジーとして4ブランド・8店舗を運営するほか、今年7月には新たなFCブランドである「よもぎ蒸しaUN」も立ち上げた。続々と新たな事業を仕掛ける山本氏。その理由は成瀬誕生前から構想していた、自身のやりたいことの実現にある。

経営者と二足の草鞋 地元の活性化に尽力

 記念すべき鰻の成瀬300店舗目オープンの11月9日、山本氏の姿は地元滋賀県高島市で開催されていたハンドボール大会の会場にあった。
 「年に1回開催されるこのイベントでは、会のスポンサーをしており、同じ滋賀県出身の経営者にも声をかけ、マルシェなども開催しています」
 現在、山本氏が注力しているのは、地元滋賀県高島市の地域創生だ。前述のイベント以外にも、地元の花火大会やお祭りのスポンサー、クリスマスイルミネーションの設営にも資金援助をしている。また自身がフランチャイジーとして加盟する放課後等デイサービスやプログラミング教室の誘致、NPOスポーツクラブの理事長や子育て支援カフェの経営など、地域のための活動は枚挙にいとまがない。ただ共通するのは、「教育」というキーワードだ。
 「僕が絶対的に大事だと思っているのは、教育です。田舎に行けばいくほど教育の選択肢が限られ、それが子どもたちのハンデになっている。そして、そこから抜け出そうと思った人がどんどん町から離れてしまう」
 山本氏がこうした取り組みを決意したのは、成瀬をスタートする直前の年春頃。久し振りに降り立った実家の最寄り駅の様子を見て、その寂れ具合に強い危機感、そして使命感を持ったという。
 「僕が20歳ぐらいの時に、高島市は人口のピークである5万6000人でしたが、今は4万5000人まで減少しました。地方が立ち行かなくなることは知っていましたが、それが我が町で現実的に起きているのを目の当たりにして、本腰を入れ始めました。あくまでも近隣の町から人を移動させるのではなく、あえて高島市がいいと思う人に来ていただき、人口を増やしたいと思っています」
 同社は今年7月に本社を高島市に移転し、山本氏自身も10月に住民票を高島市に移した。地元に住む父親も、山本氏が作る施設に顔を出すようになり、色んな人との関わりが増え、以前よりも元気になったという。自身が育ち、家族との思い出がある地で頑張る姿を見せるのが、山本氏のやりたいことであるようだ。

地元で開催されたハンドボール大会(写真中央の白パーカー)が山本氏

【鰻の成瀬】「飲食に興味ない飲食経営者」天下を取る(前編)

 

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